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伊藤雄二郎のさわやか系心理学

12,蘇る神話的ビート・・・パート1

ニヒリズムとの闘い
やりたいことがわからない。何をしたらいいのかわからない。そんな呟きを耳にすることが多くなったのは、私たちが生きるべき大文字のストーリーを喪失してしまってからのことである。
かつてはあった。生きるべき指針。国や社会や大人たちが与えてくれた、大文字のストーリー。それが信じられるように思えた時代もあったのだ。だが今やトップダウンで上から与えられる大文字のストーリーはその機能をほとんど停止しようとしている。
では、人々は何を指針に自らの進むべき方向を決定すべきなのか?
この問いはゴーギャンが自殺を決意して描いた絵の画題と響き合う。
我々は何処から来たのか?  
我々は何者か?   
我々は何処へ行くのか?  
宗教という手段に拠らずに私たちはいかにしてこの問いと拮抗し得る物語と巡り合えるだろうか?
大文字の物語の喪失
現代という時代は大文字の物語が信じられなくなった代わり、個々人が小さな物語を紡ごうとしている時代である。現時点でバラバラなままに生起している小さな物語が繋がることで大文字の物語が形成されればそれは大きな時代のうねりを作っていく可能性もある。かつてはトップダウンで上から与えられていた大文字の物語が終わりを告げ、ボトムアップの形で形成された小さな物語が繋がることで大きな物語が描かれる可能性が今の時代にはある。
しかし、現代という時代状況の中で孤独に耐えながら、一人の力で信じるに値するストーリーを見つけ出すのは、容易なことではない。人並み以上のバイタリティーやラック(幸運)に恵まれ、自分のオリジナルなヴィジョンを描き、それを実現し得た人間はヒーローとして社会に受け容れられる。だが、そうした例は一握りでありそれ以外のその他大勢の人間は、有意味なビジョンを生きるチャンスが与えられていないのだろうか?
パーソナル・ミスの発見
子どもの頃は誰しも大なり小なり夢を描く。だが成長するうちに夢を失い生きる意味を喪失し、いつのまにやら日々をなんとかしのぐだけの大人になっていく。自分が生きる意味を問われたときに答えられない大人が果たして大人と言えるだろうか?本当は誰にも信じるに値する物語は与えられているのではなかろうか?我々は少し視点を変えて目を凝らしさえすれば、有意味な自分だけのオリジナルな物語が発見できるのではないか?
信じるに値する、あるいは生きるに値する自分の固有な物語の獲得のためには、特別な才能は必要ない。だがちょっとしたノウハウが必要である。そのノウハウがこれから述べようとしている、パーソナル・ミス(個人的神話)の発見のための技法なのである。パーソナル・ミスは自己と社会ではなく、自己と世界がどのように結びつくかを示してくれる。
パーソナル・ミスの発見の旅は、日常の中に神話的リズムを発見することから開始される。
自らの人生を貫く神話的リズムの発見は、社会的アイデンティティを包摂する神話的アイデンティティの獲得へと我々をいざなってくれる。
神話的アイデンティティの獲得は、私たちに生きる意味を実感させてくれ、自らが進むべき方向への指針を指し示してくれるに違いない。
パーソナル・ミスは、「社会」の中で通用する個人の履歴書を越え、「世界」の中で生きる個人の人生の見取り図として機能する。
パーソナル・ミスは自己と世界とのつながりをシンボリカルに暗示することで、生の意味についてヒントを与え自らが進むべき方向の指針となってくれる。パーソナル・ミスの発見により、人は世界にはそして人生には意味があることを確信できるのである。
クリエイティブにパーソナル・ミスを紡ぐうちに人は一見バラバラに生起しているように見える出来事の間に有機的なつながりを見出すであろう。そして自分が、どこからやってきてどこに向かうのかについてのインスピレーションを得るに違いない。





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